「ソトコト」がシー・シェパードの特集をしている件

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「ソトコト」といえば、自ら謳うキャッチフレーズ「ロハスピープルのための快適生活マガジン」のとおり、「エコ」な人々の雑誌なわけだが、2010年5月 号で「世界を緑と愛で満たす グリーンファイター100!」という特集を組んでいる。そのメインになっているのが、表紙にも登場しているシー・シェパー ド。なんだか強力に応援しておられるご様子。

考えてみればこの人たちについては よく知らないことも多い。いい機会なのでちょっと読んでみることにした。

世の中にはまとまった文章を読まずに反応する人がけっこういるようなので最初に念のため書いとく。以下の文章は、シー・シェパード擁護を意図するも のではなく、また日本の立場を全面的に擁護するものでもない。捕鯨に関する私の基本的な考え方は部分的にだが前に書いたことがあるので、どうしても知りた い方はそちら もご参照(下の方に日本語も出てる)。この種の主張は国内よりむしろ国外に向けるべきだと考えるので、今回の文章の趣旨も、手が空いたら英語で書 き直したいと思う。

しかしまあ、とはなんともすごいタイトルではある。なんたって「緑と愛で満たす」だもんな。ついこんなイメージを抱いてしまう。

「グリーンファイター」が一般的になってる用語なのかどうか知らんが、ソトコト的には「社会をよりよくしようと日夜奔走する人たちの総称」なのだそ うで、環境問題だけじゃなく、人権問題、社会問題も含む由。それじゃ「グリーン」すら飛び越えてるじゃんと突っ込みたくなるのだが、ソトコト編集部的には 無問題らしい。とはいえ、ざっとめくってみた範囲ではその中心は環境問題に据えられているようで、人権や社会より環境が大事ということなんだろうか。その 意味でシー・シェパードの面々と共通なのかもしれないが、まあそれはおいといて。

で、特集のトップは、表紙にもでかでかと映っているシー・シェパード代表ポール・ワトソン氏の独占インタビュー。いろいろ語ってて興味深い。この人 たちに賛同する人も反対する人も関心ないという人も、よく知らないならぜひ本文を読んでみるとよいと思う。全体の趣旨をできるだけゆがめないよう配慮し て、印象的な一部を抜き出してみる。まずは設立のきっかけから。

アメリカの海上核実験に反対するある団体に参加したのが最初の組織活動です。私は、後に「グリーンピース」と改名されたこの団体 の設立メンバーでしたが、他のメンバーと考えが合わず、人間関係にも問題があって1977年に脱退しました。なぜなら、私の本来の目的は「反対運動」では なかったのです。抗議の声に聞く耳を持たず、動物たちへの犯罪行為を繰り返す連中をただ茫然と眺めるだけなんて、相手に服従するも同然、まるで物乞いで す。私は無意味な殺戮行為をこの手で阻止したかった。だからシー・シェパードを立ち上げたのです。

この人がグリーンピースから脱退してこの団体を作ったことはよく知られてるが、そうか人間関係にも問題があったのか。活動のスタイルからみてさもあ りなんという気もするがそれはさておき、環境保護団体にもいろいろな考えがあるということだ。グリーンピースも捕鯨の監視船とかあるみたいだし、日本だと 「直接的な行動」で逮捕されたりもしてるからどこがどうちがうのかわかりにくいが、少なくとも、この団体のように、「現場」での直接的な妨害活動を目的と し、実際にどんどこ実行しているというわけではないらしい。「ソトコト」のこの特集で取り上げられてる他の団体や企業だって、ほとんどはこの団体のような 過激な考え方はとっていないだろう。

で、こんなことしていいのかよという点に関しての主張はこれ。

1982年に批准された「国連世界自然憲章」に基づく正当な権限で行っています。この憲章には、違法行為、特に監視のない公海上 での行為に対し「個人や団体が介入する権限を持つ」ことが明記されています。問題なのは、海洋生物を守る国際法が存在しながら、誰もそれを行使しないこと です。

「国連世界自然憲章」というのはたぶんこれ。第21条の(e) にこんな条項がある。「介入する権限」ってのはこのあたりのことを指してるんだろうか。

States and, to the extent they are able, other public authorities, international organizations, individuals, groups and corporations shall:
 (e) Safeguard and conserve nature in areas beyond national jurisdiction. 

いうまでもないが、この(e)ってのはこの条項の最後の部分で、それより前の部分は、情報交換だとか法規制を行うだとか、もうちょっと平和的な方法 について規定してる。でも、領海外についてはどの国も手が回らない、つまり「誰もそれを行使しない」から自分たちがやると言っているのだろうと思う。

あと、第23条にもこんな規定が。

All persons, in accordance with their national legislation, shall have the opportunity to participate, individually or with others, in the formulation of decisions of direct concern to their environment, and shall have access to means of redress when their environment has suffered damage or degradation.

これらが正当な主張かどうかはともかく、過激な行動をとるだけあって、少なくとも、彼らが法にかなりの注意を払っていることはいうまでもない。先日 捕鯨船に乗り込んで逮捕されたメンバーがいたと思うが、その後どうなるかは当然計算済みのはず。「トロイの木馬」とまでいえるかどうかはわからないが、逮 捕や起訴はむしろ「望むところ」なんだろう。もともとメディアをうまく使うことは彼らの活動方針の中心的な要素だ。このインタビューでもこう答えている。

SSがメディアを利用する目的は、人々に強烈な印象を植え付け、問題に目を向けさせ、敵を弱体化させ、環境保護への関心を高めつ つある一般大衆から、より多くの支持を集めることなのです。

だからメディアに取り上げてもらえるような活動をする、ということなんだろう。少なくとも、こうした情報発信活動は主な支持者及び資金源となってい る欧米の裕福な人たちに対してはそこそこ効果的であるようだ。この団体はほとんどボランティアで構成されてて(船の乗組員も食事以外の報酬はないとか)、 自分たちの金銭的利益みたいなものを目的にしていないようだから、そういう意味での「クリーン」さも資金集めには有利だろう。

彼らに対して、人間より鯨のような野生動物の方が大事なのかといった見方があるが、これに関しては、けっこう明快に「イエス」ということのようだ。 このインタビューでもワトソン氏は、日本など特定の国をターゲットにする人種差別主義者ではないかとの批判があるという指摘に対してこう答えてる。

私は人を差別しない、というより人間そのものが嫌いなのですから(笑)。人間という種は地球を破壊することに熱心で、私はそれを 阻止するために生きているのです。人が自分をどう思うかなんて、どうでもよいのです。人間のためにやっているわけではないので、私が尽くす相手は、自分を 守る術を知らない声なき動物たち、人間と同じくこの地球に存続する権利を持った動物たちなのです。

この主張は、その少し前のところで「そもそもSSの根本的な理念は「生物に害を与えない」ということなのです。人間を含む、すべての生物にね。」と 主張していることといまいち整合性がとれないようにも思われるが、人間への配慮はあくまで活動を続けるための必要悪、ぐらいの意識なんだろうか。

あと、これを読む限りでは、この人たちが保護しようとしているのはあくまで動物なのであって、同じ祖先を持つ生物である植物については保護すべき対 象と考えないらしい。このことは他の部分で、彼らの船で供される食事が「完全菜食主義者」向けの料理のみであることを誇らしげに紹介してるところからもわ かる。

一応、保護対象にナマコやサメが入っていることをもって、知能の高い動物のみを保護しようというのではないと主張はしているが、結局自分たちの恣意 的な価値観で選んでいるのではないかという批判はあろう。彼らは「ビーガン食」と呼ばれる植物性の食事しか採らないそうだが、その原材料となる植物に特別 な愛着を抱く環境保護団体が現れて、シー・シェパードを殺戮者呼ばわりしたら何と答えるのだろうか。彼らが「武器」として投げつける酪酸はバターの腐った ものだが、その際に作用したであろう酪酸菌に対して申し訳ないと思ったことはあるのだろうか。たとえば日本にはヨーグルトを作るためのビフィズス菌を供養 する菌塚がある。食べつつ供養する。そういう文化なわけだが、それより恣意的に選んだ「保護対象外」の生物には何の感情も抱かない文化の方が優れていると でもいうのだろうか。

じゃあ他にどんな動物を保護してるのよ、という点に関しては、別のコーナー「場所も標的も選ばない。海の生き物を守るため、アタック!」で取り上げ てる。

・クジラ(大西洋、北太平洋、南極海)
・アザラシの子(カナダ)
・ウミガメ(カリブ海、南アメリカ)
・サケ(カナダ西部)
・タラ(カナダ東部)
・サメ(場所不明)
・マグロ(南北アメリカ、地中海)
・イルカ(日本他)
・ナマコ(ガラパゴス)

これで彼らがやってることの全部かどうか知らないが、ここに挙げられてるものだけ見ると、地域的・種類的にかなり偏ってるように見えるなあ。そもそ も生態系全体でなく個々の種を恣意的に保護することの影響とか考えてるんだろうか。いや考えてるのかもしれんが、少なくとも聞いたことはない。アザラシを 守るために生きてるアザラシの毛皮にペンキを塗る活動というのもやってるようだ。記事には「これでもう狙われる心配はないね!」とか能天気に書いてるけ ど、これがアザラシの被捕食リスクとか繁殖とかに与える影響なんかは検証されてるんだろうか。

で、保護のために実際にとる戦術はというと、

・各国政府の海洋資源保護への協力。設備提供やスタッフ訓練など。
・公海での流し網など、違法な漁業に使われる設備の破壊。
・設備の破壊や当局への通報などを含む、密漁の阻止活動。
・違法な漁などを行う船への衝突、その他の妨害行動。
・スクリューにロープをからませ、敵船を航行不能に陥れる作戦。
・吸着型機雷や海水バルブ開放で、停泊中の捕鯨船(無人)を撃沈!
・違法な製品、絶滅が危惧される生物を使った製品の不買運動。

などだそうだ。なるほど、「船への衝突」は他でもやってることなわけね。で、ぶつけられたと主張するのかな。先日のあれみたいに。このコーナーでは 「シー・シェパードの武器図鑑」と称して彼らの「武器」も写真入りで紹介してる。たとえば「放水銃」には「放水攻撃で「戦闘シーン」をリアルに演出すると ともに、敵の甲板上での作業を妨害することもできる。」とキャプションがついてる。「敵」だってさ。「ソトコト」の方、大いに盛り上がっていらっしゃる。

情報提供や不買運動はともかく、設備や船の破壊・撃沈(ごていねいに「!」がついてるよ)がまともな抗議行動だとはとうてい思えないが、そもそも 「人間のためにやっているわけではない」活動だからいいということなんだろうか。ただ、日本だけがターゲットというわけではないことは知っておこう。実 際、彼らの船舶は他国政府に押収されたりしてる。「日本を狙い撃ち」という批判は彼らには痛くもかゆくもない。実際、彼らのメンバーの中には日本人も複数 いるし、日本文化が好きという人もいるようだ。彼らのプロフィールや意見が出ているコーナーもあるから読んでみるといい。

とはいえ、やはり日本はシー・シェパードの面々にとってあまりいい印象ではないらしい。「ソトコト」編集部のスティーブ・ジャービス氏がシー・シェ パードの船に乗り込んだルポを書いているのだが、その中にこんなくだりがある。

陽が落ちる頃、乗組員たちが地元のパブに誘ってくれた。捕鯨や環境問題について議論し、特に日本という国についていろいろと語り 合った。彼らの日本に関する知識と考えは、極端なほど捕鯨問題に偏っていた。そして「普通の日本人はクジラなんてめったに食べない」ということに、多くが 驚きを隠さなかった。日本人と自然の関係にはプラスの面も多数あること、そして日本人の技術や環境活動が多くの分野で世界をリードしていることについて も、彼らはほとんど知らなかった。こうした知識の欠如は、日本人以外の相手と日本の環境維持へのアプローチを議論する時、必ずといっていいほど認められ る。

やはりどうも誤解があるようだ。この問題に関心の高い彼らにしてそうなんだから、欧米豪の多くの人たちはもっと知らないだろう。この特集全体はどう もシー・シェパード擁護の色彩が濃いように思われるが、このへんの指摘などからみて、このジャービス氏の文章は、日本人読者に向けた説得という要素はある にせよ、できるだけ中立的な立場に立とうという努力をした結果と解釈した。なのでこちらもできるだけ中立的に考えてみる。

知らないで批判するのはおかしい。シー・シェパードのメンバーやその支持者たちが、日本の状況を知らずに捕鯨問題を批判するのはどうかと思う。しか しその裏返しとして、知ってもらう努力も必要だろう。彼らがメディアをうまく利用するのと同じように、日本側からの情報発信もさらに必要なのではないか。 理解を得たいと思うならば。何せ捕鯨そのものに関しては世界的にみてこちらが少数派なのだ。

もちろん、目的が行動を正当化するわけではない。仮に彼らの目的が正しいとしても、それで彼らの過激な行動が正当化されるとは思わない。しかしそれ と少しだけ似た意味で、日本側の目的が正しいとしても、それが何もせずに世界の中で正当なものと認められるわけではない、ということもいえる。問題は国境 を越えた世界的なものだからだ。

今の調査捕鯨については、行われている海域の点でも調査という名目自体でも、捕鯨国と反捕鯨国との間で意見の相違があることは認めざるを得まい。日 本側からみて許された海域内での必要最小限の調査のための補獲も、別の立場からは、ワトソン氏がいうような「保護区でクジラを殺す残忍な行為」とされてし まうわけだ。クジラが他の動物とどの程度ちがうのかという認識において差があることも背景だろうが、とにかく意見の差は大きい。

また、日本側は、捕鯨や鯨食を文化だという。しかし、歴史的に見て、鯨食がずっと昔から全国的に普及した習慣であったとまではいえないようだし、南 極海での捕鯨も伝統文化とはちょっといいがたい。また現在においても、実際にクジラを日常的に食べている人はほとんどいないし、クジラが食べられなくなる のが「絶対イヤ」という人も少数派だろう。とはいえ、今でも鯨を食べる人がそれなりにいるのはまちがいないし、捕鯨のやり方が過去のものとちがっているに しても、それが広い意味において過去からの地続きにあることに相違はない。

ではこうした問題に折り合う点はありうるのか。これほどこじれた問題に簡単な解決などなかなかないだろうが、接点がないとは思わない。日本には固有 の立場があるから彼らの言い分など無視すればよいという意見もあるかもしれないが、それはここでとるべきスタンスだとは思わない。国際社会との協調とかそ ういう面もあるし、それにもまして、事実やその分析に基づく知見はぎりぎり共有可能と考えるからだ。民族や地域に固有の価値観の間での優劣はつけがたい が、科学的見地、国境をまたぐ広域的視点から得られる価値観のようなものは、少なくともある程度は見出せるのではないか。少なくとも表向きには。

ジャービス氏もその点は基本的に同じ意見のようで、それをこのように書いている。

日本人がクジラを殺して食べる権利を持つことは、欧米人が様々な生き物を殺して食べる権利を持つのと同様である。動物を残虐に 扱ってきた欧米諸国には、捕鯨のことで日本にあれこれいう権利はない。だが、この重要な分野の問題を、単に国家主義的な視点で扱うわけにはいかない。この 問題はクジラに限られたものではなく、すべての海洋生物、ひいては地球上の全生物に関わる問題だからだ。消費可能な資源に限りがある事実を人類が受け入れ なければならない時期が、すぐそこまで来ている。これは自然そのものの限界であり、それを理解することが、未来の世代に対する我々の責任なのだ。

このくだりには「捕鯨問題を「食文化の対立」にとどめてはならない。」という見出しがついていて、それはまさにその通りだと思う。彼の主張は、少な くとも欧米の文化なり価値観なりに対する優位意識に依拠してはいない。ただ、だからといって全面的に賛成というわけにはいかない。ジャービス氏はいわゆる 「持続可能性」の視点から問題をとらえていて、つまり日本のやり方には持続可能性がないのではないかと指摘しているわけだが、ポイントはまさにここにあ る。つまり、持続可能性が実際にあるのかないのか、あるいは、持続可能性のある方法とは何なのか、だ。

この点において、捕鯨に持続可能性がないという反捕鯨派の主張は、必ずしも充分な根拠があるようには思われないが、同じことは賛成派についてもいえ る。それを調査しようというのが調査捕鯨なわけだが、鯨が増えてるか減ってるのかについては、どうも今のところあまりはっきりした結果が出ているというこ とでもないらしい。また、今やってる方法で、今ぐらいの数を捕獲しなければ調査ができないのかについても、議論の余地があるようだ。

その意味でいえば、捕鯨に反対する団体が行うべきなのは、実際にはクジラの保護にほとんど役立っているとは思われない(調査捕鯨で捕獲されるクジラ の数が減っているわけではないようだから、彼らの妨害活動がクジラを守ったとはいいがたい)妨害活動ではないだろう。ワトソン氏はインタビューで「組織の 収入は年間300万ドルを超えています」としていて、けっこうな資金が流れ込んでいるようだが、彼らに限らず、捕鯨反対派の団体がそうした資金を使って行 うべきなのは、捕鯨が実際に持続不可能であることをきちんと証明すること、あるいは、日本が調査捕鯨で得ている知見を捕鯨という方法、あるいは現在の規模 の調査捕鯨によらずに得ることができると示すことではないか。できるかどうかは知らないが、日本の調査捕鯨に基づく研究成果を圧倒するようなものが出てく れば、結果は自ずとついてくるだろう。

一方日本側は、食文化や地域の伝統文化を守るためにどのような捕鯨が必要なのかをもっと説得力をもって示す必要があろう。昨今はやりの事業仕分けの 観点からいくなら、今の規模、今のやり方の調査捕鯨が必要なのか、もっと適切なやり方はないのかといったコスト効率の検証もさることながら、それ以前に必 要性、必然性の論証が求められるレベルではないか。正直、日本人の目からみても、鯨食が現代日本で広く普及した習慣であるとはいいがたいし、沿岸での小規 模な捕鯨ならともかく、南極海での捕鯨が日本の伝統文化だとはいいづらい。また、同じような問題が生じうる、というか生じかけたマグロでは、養殖の技術の 開発が進められている。もしクジラが「養殖」できれば、「野性」生物の保護を訴えつつ飼育された動物を食べる人たちは、反論の根拠を失うことになろう。も し安定した需要が見込めるなら、これは面白い「投資」ではないか。あくまでもし安定した需要が見込めるなら、だが。私たちはそこまでして鯨食を続けたいだ ろうか、が問われるわけだ。

そのうえで、「仲間」を作る努力が必要ではないか。IWCなどで各国政府の支持を取り付けるようにがんばるのもさることながら、環境保護団体にもい ろいろある。環境問題はクジラだけではないし、日本が環境保護に関して果たしている役割は決して小さくないはずだ。方法はいろいろあると思うが、彼らの中 に、少なくともシー・シェパードのような過激なやり方に対する不支持や批判の空気を醸成すること、それによってシー・シェパードのやっているような活動へ の支持が失われるようにもっていくことが求められよう。

少々露悪的だが、この問題が居心地悪いのは、反対派、賛成派の双方に、りっぱな建前の下におおっぴらにいいたくない本音らしきものが透けて見えるよ うな気がするからだ。シー・シェパードその他捕鯨反対派には「クジラかわいい」みたいな彼らの価値観やら自分が痛まない範囲だけのええかっこしい環境エ リート意識やら、日本の賛成派には「外国嫌い」みたいな排外意識やら現従事者たちの雇用問題やら。これはいわゆる環境問題の多くに共通するものかもしれな いし、どこまでいっても解消できないものかもしれないが、もし全体としての合意をめざすなら、科学的な知見に基づいた論理的な帰結であってほしい。

※2010/4/14追記
ブックマークのコメントに「だから白人は」みたいな主張があったので追記しとく。ワトソン氏がインタビューでこんなふうに言っている。

日本に関していえば、捕鯨者が典型的な日本人だというのは、マフィアが典型的なアメリカ人だというのと同じです。私は日本文化に も日本人にも敬意を抱いているし、この国の歴史も学んできました。

白人はみんな自分たちの価値観だけでものを判断するという議論は、上記の論理でいえばマフィアが典型的なアメリカ人だというのと同じだし、よく知ら ないまま自分の価値観をベースにものを判断しがちである点自体は日本人もさしてかわらないのではないか。

私は、白人、というか欧米の人たちが総体的にみて情報不足のまま日本人に対して誤ったイメージを持つ傾向にあること自体を否定はしないが、それはあ る程度お互いさまだから、そういう批判は天に唾する類のものかと思う。また、仮に思想自体にはそれなりのシンパシーが集まっているにしても、シー・シェ パードのやり方がかなり過激なものであるという認識も広く共有されていて、手法に対しては批判がけっこうあるということも忘れてはいけない。

ならば、国内で感情的に反発しているだけではなく、あくまで冷静に、事実に基づいて、こちらからの情報発信を増やしていくことが必要かと思う。私自 身は鯨食にさほどこだわるものではない(おいしいと思うけどね)のだが、現在の状況はあまりうれしくない。自分にできることはあまりないが、情報発信くら いはしていきたい。

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このページは、alphaが2010年4月15日 20:44に書いたブログ記事です。

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